あおば税理士法人は
TKC全国会会員です
TKC全国会
TKC全国会は、租税正義の実現をめざし関与先企業の永続的繁栄に奉仕するわが国最大級の職業会計人集団です。
中国税理士会所属

★お気軽にお問合せください。

 あおば税理士法人

 TEL:086-245-5110

 aoba@tkcnf.or.jp

事務所通信追伸

 事務所通信追伸は、代表である平本が時事情報やその時感じていることをまとめたコラムです。
 お客様企業や金融機関などへ事務所通信とともに毎月お送りしています。
 事務所通信は、税法はもちろん、経営・人事労務などの最新情報をタイムリーに掲載している月刊誌です。ご購読をご希望の方は、事務所までご連絡ください。年間購読料2,400円(消費税等別途)でお送り致します。

2018年5月号




3月上旬の瀬戸内倉敷ツーデーマーチに初めて参加し、倉敷市役所から連島大橋を渡って、玉島の円通寺辺りまでの約20㌔を何とか歩きました。

途中の連島西浦小学校でのお昼休憩の時のことです。校庭の隅の石碑の土台に腰掛けて弁当を食べ始めたところ、私より10歳ほど年上の男性が「お隣よろしいか?」と声をかけて来られました。

 (写真はSportsNaviDoHPより)  

この追伸には「人との関わりを大切に」などとよく書いています。ところが、正直に言うと、あれは自分自身に言い聞かせているのです。私は決して人が得意ではありません。


「どうぞ、どうぞ」と返しながらも、その後の言葉が続きません。そんな沈黙の中で知らない者どうしが、一緒に弁当を食べ始めました。


それでも、ややあって後、先方からの「どちらから来られたんですか?」を皮切りにポツリポツリと話が始まりました。


その方(仮にAさんとします)は、姫路から10年連続で参加とのこと。その日はとっても好天でしたが、10年間のうち2回雨にたたられ、合羽を着ての長時間歩行だったそうです。ウォーキング大会参加2回目の私でも、それがいかに大変であるかは容易に想像できます。しかも、Aさんは他のウォーキング大会には参加したことはないと仰います。が、倉敷に特別な何かがある訳ではありません。


私はいつの間にか、Aさんのとつとつとした話しぶりに引き込まれていました。


10年前にAさんは、ある知り合いの方に誘われて、このウォーキング大会に参加し、その方と何年か一緒に歩かれました。ところが、その後その方は亡くなられたのです。


そこで止めても良かったんでしょうが、Aさんはこの大会に一人で参加されるようになりました。(おそらく、亡き人のことを思いながら・・・)


私は何やら心が暖かくなり、「その方はよほど素敵な人だったんでしょうね」と訊きました。その時の「まぁ、ねぇ」と言うAさんの横顔には、人生の喜びも哀しみも噛みしめたような感がありました。


どちらかと言うと人が苦手な自分ですが、お二人から何か大切なことを教わったような気がしました。



 








2018年4月号


TKC全国会の会報に載った、株式会社ブレイド・イン・ブラストの中川理巳社長さんの講演録から以下引用します。

 

「考え方を変えるには『素直な心』も大切です。ホンダ創業者の本田宗一郎氏は、役員を退いたあと、お世話になった全国のディーラーや協力工場に感謝を伝える旅に出ました。

あるディーラーでは列を作って本田さんを出迎え、一人ひとりと握手をしていたのですが、列の後方にいた若い整備士だけ手を引っ込めました。直前までお客様の車の整備をしていたため手がグリースまみれで、このままでは本田さんの手が汚れると思ったからです。

しかし本田さんは、『おいおい、なんで引っ込めるんだ。この手が本田技研を作っている。こういう手が好きなんだよ』と強引に手をつかんで何度も撫でたのです。すると二人の手の上に、その整備士の涙がポトポト落ちたそうです。

感動という言葉はあっても『理動』という言葉はありません。人を動かすのは理屈ではなく感性です。素直な心で社員を褒めれば、社員もだんだん変わってくるのではないでしょうか。」

 

このエピソードから何を感じるかは、人さまざまだと思います。しかし、キーワードの「感動」という言葉の通り、自分が「どう感じるか」と同じく、自分が「どう動くか」が大切ではないかと私は考えます。

中川氏は「素直な心で動きなさい」と言っているようです。私たちは幼い頃から「学びによって知識を身につける」ことを教わります。しかし、要らないこと、余計なことを捨てることも大きな学びなのではないか、と私は思うのです。

かく言う私だって、先輩には深々とお辞儀をするけど、そうでない人には軽く、時には雑な挨拶をしていることがあります。とても恥ずかしいことです。素直に考えれば、人はみな同じなのですから・・・

また、街中の雑踏で困っている人に声をかけられるでしょうか。「今は急いでいる」「人の目があって気恥ずかしい」これらは知恵と言えるでしょうか。要らないこと、余計なことでしかないような気がします。

自分が「どう感じ、どう動くか」を考えさせられました。


 









2018年3月号




  日本経済新聞を読んでいて、昨年あたりから記事の時間と空間が広がったと思います。AIに代表される近未来の事象と、海外の企業の最先端の動向が、多く書かれています。後者については、英国の経済誌FT(ファイナンシャルタイムズ)を傘下に収めたことが功を奏しているようです。(私はネットのニュースもチラチラ見ますが、時間的にも空間的にも近々のニュースがほとんどのように思えます。)


 


 と言いつつ、現在かつ国内の記事にもいいものがあります。「経営者はどれだけ社員と意思疎通できているのか。」という問いかけから始まる「経営の視点」という今年115日の日経新聞の記事がとても印象に残りました。以下に引用します。


「稲盛和夫・京セラ名誉会長は(社員との)信頼関係を築くため細かい努力を積み重ねたという。工場などの現場に赴く。社員に感謝する。コンパを開いて杯を交わす。再建のために会長を務めた日本航空でも同じだった。」


 「クボタの木股昌俊社長は工場の課長時代、小さな事故やケガの多さに悩んでいた。そこで誕生日を迎えた社員一人ひとりに『ケガするなよ』などと声をかけるようにしたら、ピタッと止まったという。」


 「(木股社長は)現場にも頻繁に出向く。(中略)現場視察で大切なのは『ゆっくりヒマそうに歩くこと』(木股社長)。社員が話しかけやすいようにするためだ。」


 「積水ハウスの和田勇会長は月1回、店長など次世代を担う現場のリーダーら約80人を集めて『希望塾』を開く。(中略)和田会長は『インターネットの時代になっても、顔を突き合わせて心を通わせる人間関係が重要』と話す。」


 


 3つとも大企業の話ではありますが、中身はむしろ中小企業の方が実践しやすい事柄だと思います。


では、皆さんはいかがでしょう? 残念ながら自分はできていません。特に2つ目の話になぞらえて、「スタッフが話しかけやすいように、事務所でヒマそうにしているか?」と自問すると、さっぱりダメです。反省しています。


 中堅中小企業の経営者は、作業もしなければならない状況からなかなか抜け出せません。しかし、「作業だけしかできない」ではダメで、社員に声をかける、社員の話を聴く、時には社員を見守るという時間を作ることはとっても大切です。


 

              















2018年2月号



 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 さて、私どもが属する岡山県中小企業家同友会の新春経営講演会のご案内をします。

 講師は伊那食品工業㈱の井上修社長で、演題は「いい会社をつくりましょう~社員のしあわせと『戦わない経営』」です。

 伊那食品工業は、経営の第一目的に「社員の幸福とその幸福を通じての社会貢献」を掲げつつ、48期連続の増収増益を果たすなど、超優良の中堅企業として有名です。

 私はかつて、テレビ東京の「カンブリア宮殿」で前社長の塚越寛氏を知り、今回同氏の著作「いい会社をつくりましょう」を読みました。    (写真は同社HPより)

 

 この本には、急成長を戒める「年輪経営」や社員さんを大切にする意味など、塚越氏の経営哲学が書かれています。が、あえて私が着目したのは社員さん達で、ついては2つのエピソードがあります。

 社員旅行に出かけると、社員さん達がバスの中にピーナッツ1つ落とさないので、バスガイドさんから「あれだけ騒いだのに、こんなにバスをきれいに使う団体はほかにない」と褒められるそうです。

また、社員さんは、スーパーなどの駐車場では、店から一番遠いところに駐車します。なぜなら、店に近いスペースは、妊婦さんやお年寄り、体が不自由な人や荷物の多い人に使ってもらいたいからだそうです。

この2つともが、トップや上司が命令したわけではないようです。おそらく自然とそうなったのです。ここに同社の凄みがあると私は感じました。

是非とも奮ってご参加ください。

                         








2018年1月号




今年の初夏に大阪で半日が空いたので、大阪の東郊にある司馬遼太郎氏の旧宅兼記念館に行ってみました。旧宅は、司馬氏の書斎が生前のまま残されていて、中には入れませんが、庭から硝子越しに執筆中の司馬氏を偲ぶことができます。


また、安藤忠雄氏が設計した記念館は一方が弧になっていて、それに沿った入館口への通路には雑木林が残され、とてもステキな小径になっています。(写真は同館ホームページより)


司馬氏の著書の多くを学生時代に読んだ私は、そこを歩いて行く時、何やら学校の恩師に会いに行くような、ささやかなときめきを感じました。不思議な気分でした。


記念館の中は展示物もありますが、司馬氏の膨大な蔵書(約2万冊)に圧倒されます。


 


 「歴史は単に過去ではなく、現在や未来につながっている」ということを、私は司馬氏から教わりました。


 たとえば、徳川家康は亡くなる時、自分の遺体を西に向かって埋葬するよう遺言を残しました。西国の薩摩と長州が倒幕することを予言していたのです。だから熊本城や姫路城があんなに堅固に築かれたと記憶しています。そして約260年後の西南の役では、家康の命を受けて加藤清正が設計したその熊本城が、西郷隆盛率いる反政府軍を押しとどめた訳です。


 また、廃藩置県の時、明治政府は薩長に協力的だったかどうかで県名を決めました。


沖縄は別として、九州全県は県庁所在地の市名をそのまま県名にしています。鹿児島、熊本、宮崎、大分、佐賀、長崎、福岡です。中四国では山口はもちろん広島も岡山も同様です。しかし、高松県となるはずなのに香川県、松江県となるはずなのに島根県としました。いずれも小さな村の名前を無理に県名にました。要は意地悪です。


 同様に、金沢県を石川県に、名古屋県を愛知県に、前橋県を群馬県に、宇都宮県を栃木県に、仙台県を宮城県に、盛岡県を岩手県に、弘前県を青森県にしました。


 「薩長に一番抵抗した福島県は?」と思いきや、県庁所在地そのものを、本来は会津若松とすべきなのに、当時は寒村だった福島に置いたのです。


 今さら県名を改めるのは難しいでしょう。これはおかしな過去を改めることはとても難しい、ということを示唆しています。悪いことも良いことも、私たち一人ひとりの行動が歴史になり、未来を形づくっていくのです。







2017年12月号


「裏庭の畑に蒔く鶏糞が要る」というお袋を近所のホームセンターに連れて行った時のことです。15kg入りを3袋買って、それを台車に乗せて駐車場に歩いて行く途中で、1番上の1袋が滑り落ちました。すこし下り坂なので台車をどう停めようか私がまごまごしていると、後から歩いてきた若い女性が「拾おうか」と言い、(ハッキリ言って臭い鶏糞の袋を)サッと拾って台車に乗せてくれたのです。一瞬何が起こったのかポカンとしてしまい、その後あわてて追いかけ、「ありがとうございます!」と言いました。


 人との関わりが苦手な若者が増えているらしい世の中で、とても驚き、大変嬉しい出来ごとでした。 夕暮れ時でしたが、ご本人は茶髪で、連れの男性はピアスをしていました。私は二人を「カッコえ~」と思いました。


 自分自身が同じ状況で出来るか自問すると、自分の場合は「無視はしないが、手助けするかどうかちょっと考えてしまう」と思います。この「ちょっと考えてしまう」がくせ者です。


われわれは、考えることはいいことだという思い込みがあるような気がしますが、「こんなときは考えない方がいい」のではないでしょうか。


 前号でも「人と人の関わりの大切さ」に触れました。人と関わることが苦手なのは、若者だけでなく、中年もシニアも大なり小なりあるわけで、私だって正直苦手です。


そんな余計なことは考えず、サッと一歩前に踏み出すだけで素晴らしいことになるのだと、その若者に教えられました。


 

 それから後、岡山駅から新幹線に乗った時のことです。私は3人掛けの窓際の席で、通路側に赤ちゃんを抱っこした若い女性が座りました。ちらっと見ると、(赤子はみんなそうですが)とってもかわいい。


しばらくして、赤ちゃんがむずかって泣き出し、お母さんは席を立ちました。その後、私は少々居眠りを始めました。しばらくして目が覚めると、親子は席に戻っており、赤ちゃんはすやすやと眠っていました。眠くてむずかったようです。


私が降りる新大阪駅が近づき、私は思い切って女性に「かわいいですねっ」と声をかけました。そのお母さんは私に「ありがとうございます。でも、うるさかったでしょう?」と言い、私は「とんでもない。子どもはみんなの宝ですから」と返しました。


 ささやかなやり取りですが、一声かけられたのも「鶏糞事件」があったからこそです.


                          


2017年11月号

  女川の話が続きます。この春亡くなったサラリーマン時代の旧友Kの奥様から、「女川いのちの教科書」という冊子をもらいました。これを書いたのは、震災で多くの尊い命や家を奪われた当時小学校6年生だった子ども達です。女川中学に進学した子ども達は、その3年間で命を守る学習活動を行いました。これはその様々な活動の記録です。

 たとえば、報道された津波の高さが実際と違うことに生徒達は気づきます。女川町は複雑な入り江の奥にあるので、場所によって津波の高さがかなり違ったのです。20㍍の所もあれば34㍍の所もありました。

 そこで生徒達は、女川の町の裏山に21基の石碑を建てることを決意しました。「女川いのちの石碑」です。しかし、その費用は1千万円です。そこで、東京への修学旅行で企業等を訪問しての募金活動やクラウドファンディングのサイト立ち上げから始め、1基また1基と建てて行きました。それは彼らや彼女たちが高校を卒業した今も続いています。

  生徒達がすごいのは「石碑だけじゃダメ。いざという時に一番頼りになるのは、人と人との絆だ!」と考えたことです。いざ震災が来ても避難の声かけが絶対に必要で、そういう絆は普段から作っておかないといけないということです。

  そこで、町民に大がかりなアンケートを行いました。「家族や近所と挨拶を活発にしていますか?」「近所の人の名前を何人知っていますか?」「近所の方と話をしますか?」「どうすれば地域が元気になれますか?」

  アンケート結果に満足できなかった生徒達は、地域の絆を深めるために、「まず学校の中の絆を深めよう!」と考えます。給食の時間や毎日の「朝の会」「帰りの会」の中身を、みんなで考えた工夫を重ねて行き、連帯感を強めるものにして行きました。

  このような一所懸命な中学生の記録を、私は仙台から乗ったやまびこの車中で読みましたが、何やら自分を恥ずかしく感じました。私は「絆」という言葉を軽く考えていたと思います。平穏な時も大変な時も、人と人とのしっかりした絆があってこそ、いのちを守り、そして育むことができることを、女川の中学生から教えられました。

  新幹線の座席で居住まいを正し、「岡山に帰ったら本当の挨拶をしよう」と心に誓った次第です。


                          


2017年10月号

 

 私の日本水産時代の同期にK君という人物がいます。東北人らしく口数は少ないけど、人に向き合うときは必ず微笑む姿がとても素敵でした。

実家が水産加工業を営む彼はいわゆる修行期間満了で、私は父の交通事故死を契機に、二人とも6年間お世話になった会社を退職しました。

 それから23年が過ぎて起きたのが、東日本大震災です。二代目経営者となったKが営む会社は宮城県の女川にあって、3つの工場のうち2つまでもが津波に押しつぶされました。数人の社員さんも犠牲になりました。家族は無事でしたが、すぐ後にお母様を癌で亡くしました。

 ずっと行き来はなかったのですが、その年の秋に女川を訪れ、ほぼ23年振りに再会しました。彼が案内してくれた高台から女川の町が一望できました。標高16㍍のその高台をも超える津波が、町をそれこそまるまる飲み込んだ事実と、そこで一所懸命に生きていた多くの人々の人生を奪った事実を突きつけられました。

 翌年春には、家内と子ども二人を連れて、再び女川を訪れました。そのときの奥様の手料理の金目鯛の煮付けの味は、いまだに我が家の語り草です。

 その後、幾多の困難を乗り越え、Kは最新鋭の工場を建てました。朝のテレビで新工場に立つ彼の後ろ姿を見た瞬間、Kだとわかりました。嬉しくて嬉しくて、すぐにお祝いの電話をしました。

 ところが、今年の春、彼の訃報が届いたのです。今度は悔しくて悔しくて・・・

 お盆明けに女川のK宅に家内とお邪魔し、お父様と奥様に再会しました。遺影はあの素敵な笑顔でした。4年前に癌で余命が短いことがわかっても、彼は「震災で一瞬にして亡くなった人に比べれば、自分には時間がある」と激痛に耐え、会社と社員の将来に不可欠な新工場建設を止めなかったそうです。いかにもKらしいです。

 苦難の連続の6年間だったのに、彼を取り巻くいろんな人の話をお二人としていると、暗くはなく、むしろ力をもらえるのです。なぜだか考えました。それは「人は人との関わりのまっただ中で生きている」という、しみじみとした実感がそこにあるからです。

 Kから会社経営を引き継いだお父様も、日本水産に入社したKの息子さんも頑張っています。帰り際に、「お父さん、お元気で繋いでいって下さい」と両手で握手しました。

 女川では大切なことに気づけました。平穏無事な岡山でも、Kの思い出とともに、人との関わりを忘れないで生きて行こうと思っています。




2017年9月号

 皆様、こんにちは。スタッフの井上です。この度、8月より二度目の産休・育休を取得することとなりましたので、この場をお借りしてご挨拶申し上げます。

 第一子の時の産休・育休後の復帰から1年少々での再度の取得となり、お客様にも所内の上司・スタッフにもご迷惑・ご負担をおかけしますが、こうした選択ができる環境へのありがたさを感じつつ、出産・育児にしっかり向き合いたいと思います。

  来年度に復帰する予定ですので、その折には、改めてよろしくお願いいたします。


                あおば税理士法人

                  井上 阿希子


 毎年恒例の「TKC経営支援セミナー」に、今秋は趣向を変えて、元南極越冬隊員のドクターをお招きすることにしました。正式なご案内は改めますが、日にちは104()14時からです。是非お越し下さい。

 その打合せの前に再読したのが、若い頃読んだ「石橋を叩けば渡れない」という本です。30数年前、書店でタイトルを見て、「あ、これは自分にない」と思い、迷わず買いました。著者は、日本で最初の南極越冬隊の隊長だった西堀栄三郎氏です。京都大学から東芝へ、そして日本生産性本部へと転身された異色のキャリアの持ち主です。

 以下は西堀氏の名言です。「リスクのすべてをコントロールはできない」「完全無欠の準備はあり得ない」「失敗にこそ学ぶ」「できると思ったらできる」「(メンバーに)目的は分配するが、手段は任せる」「アイディアを育ててもいないうちに評価してはいけない」。

 未だに出来ていないことは多いですが、「この本を読んだからこそ身についた」と思えることもあって、読書の大切さを再認識した次第です。

 亡くなられて早28年ですが、「技術革新が進むと、人間性の再認識が必要になる」など、人工知能(AI)が議論される今日にぴったりではないでしょうか。


 8月の14()15()は、勝手ながら事務所を休業させていただきますので、宜しくお願い致します。


あおば税理士法人

平本 久雄



2017年8月号

 私どもの事務所案内にもありますが、TKC会員事務所がお客様に提供する業務の三本柱が、経営計画策定のご支援、財務会計ソフト「FXシリーズ」のサポート、書面添付(税理士法第33条の2の書面を申告書に添付すること)です。

各々の頭文字をとって会員間では「KFS」と言い、それをどの位の割合でお客様に実践しているかを「KFS実践率」と言います。

私どもは先般、この「KFS実践率」で全国120位以内に入り、表彰されました。中国地方では3つ、岡山県では2つの事務所のうちの1つになれました。

これは、私どもの提案を取り入れて下さったお客様方と、地道にがんばったスタッフのおかげです。

 改めて言うまでもなく、「KFS」のすべてはお客様のために提案申し上げて来た訳で、私どもが表彰されるためにやってきた訳ではありません。他の税理士事務所と比べてどうのこうのより、お客様の経営がどうなのか、スタッフが健全に仕事をできているか、が大切だと考えています。

 それでも、嬉しい出来事ではありました。(ちなみに、ハワイへの表彰旅行があったのですが、私も末道も都合がつきませんでした。)

 繰り返しますが、「KFS」はお客様の経営維持と発展のためにと考えて、ご提案しています。その目的遂行の成果の代表的なものは黒字化です。この3月の黒字のお客様割合は過去最高の73.7%になりました。私どもにとっては、この数字の方が嬉しいです。

 しかしながら、赤字のお客様がまだ約3割もいらっしゃいます。また、黒字であっても、キャッシュフローが借入金返済に追いついていないお客様もいらっしゃいます。私もスタッフも、それがとても気に掛かっています。「KFS」を更に有効活用して、もっと損益も資金も黒字のお客様を増やして行くよう、お客様と一緒にがんばります。


2017年7月号

 あおば税理士法人のホームページに、「お客様紹介」と「お客様の声」のコーナーを新設しました。その第1号を津島栄光運送さんにお願いしました。以前は「会計が経営の役に立っていない」状態でした。

私どものお客様になられてから、業績把握の仕組みづくりや経営計画の策定によって、PDCAサイクルが確立され、「会計が経営の役に立つ」ようになりました。そうすると、会社の強みが発揮できるようになり、業績のV字回復を果たされたのです。

 その取材の場で改めて、お客様である津島栄光運送さんから、会計の大切さを教えられることがありました。是非一度ご覧下されば幸いです。


5月上旬に生まれて初めてウォーキング大会に参加しました。「瀬戸内安芸灘とびしま海道ウォーキング大会」といい、大小7つの島を7つの橋で渡るものです。

ずっと運動不足を自覚していて30㎞を8時間で歩ける自信はなかったのですが、3月に思い切って参加申し込みをし、それからトレーニングを始めました。最初は15㎞でへばりました。情けなかったです。その後トレーニングの距離を徐々に延ばし、ヘロヘロながら30㎞まで達しました。ところが、大会の制限時間である8時間を切ることはできませんでした。

「できる所までがんばろう。来年もあるさ」と考えて、当日に臨みました。

 自分の計画では「時速5㎞で30㎞を6時間、それに昼休憩と小休憩で1時間、合計7時間」でした。その後10㎞辺りまでは次々と人に抜かれっぱなしです。自分よりちょっと速い人の背中を見て、「あの人について行こう」と自分に言い聞かせ、手を振って大股で歩き続けました。

 20㎞を過ぎてから自分の計画より速いことに気がつき、沿道に用意されたレモン(笑顔で配ってくれる人のおかげで、とっても美味しかったです。)を口に入れたり、海の風景を撮る余裕が出て来ました。そして、6時間25分でゴールできたのです。そこでいただいたミカンジュースの美味しかったこと!

 何と言っても、一緒に参加した様々な人と、沿道で声援を送ってくれた人たちのおかげです。「人の力はすごいもんだな」と強く実感した一日でした。

2017年6月号

私は今57歳ですが、アタマがこんな格好にもかかわらず、「年をとったなぁ」と思うことは少ないです。あるいは思わないようにしているのかもしれません。

 しかし、周囲の人が弱った姿を見て、「年とったなぁ。弱ったなぁ」と感じるのは少々つらいです。

 大阪にいる叔父がそうです。数年前に胃癌の摘出手術を受けて以降、再発こそしてはいませんが、入退院を繰り返しています。

 叔父は、岡山に縁者のいない我が家に、親戚中で一番よく遊びに来てくれていました。また、大学生の時に私が岡山に帰省する際には、叔父の家にしばしば泊めてもらい、京都や奈良をブラブラしていました。

 忘れられないのは、叱られた記憶です。私が中学生のとき、叔父の家に家族全員で泊まらせてもらったことがあります。私は反抗期だったのでしょう。私が父にふと「おい」と言いました。そうしたら、叔父が烈火のごとく怒ったのです。「なんや、その口の利き方は!」という一喝に、私はいっぺんに縮み上がりました。(ちなみに、私の両親は黙って見ていました。) 人が人と関わって生きる上で大切な礼儀というものを、ドンと教えてもらったのです。

 「マナー教育」と言います。優しく教えることも大切ですが、時には私が経験したようなことがあるのではないか、あるいはあるべきではないかとすら思うのです。

 今風なら「お前なぁ、『おい』なんて言うてええんか?」と優しく言うところでしょうが、そんなことでは、今ですらわきまえているとは言いがたい自分の礼儀は、もっとダメだったと思います。

 優しさにも「本物」と「偽物」、あるいはこれら二つに加えて「どっちつかず」があるような気がしますが、皆さんはいかがお考えでしょうか。

 ちなみに、私が息子を殴ったのはおそらく一回きりですが、その一回はやはり反抗期の息子が、家内のことを「おめぇ」と呼んだ瞬間でした。父と子で同じことをしでかすものかと、後で内心苦笑しました。

2017年5月号

 私は子どもの貧困が気になります。個人はさておき、「企業として何ができるか。できることはないよな」と思っていたら、3月に「企業の強みを子どもたちへ」と題する岡山弁護士会のシンポジウムを見つけ、参加しました。

 その中で、岡山市内の某学習塾の経営者であるN氏の講演がありました。たまたま私の子ども達がお世話になった、しかも子ども達がとても慕っていた名物塾長でした。世間は狭いものです。

 以下は、N氏が忘れられない、ある塾生の女子高校生の話です。

 母子家庭で、お母さんの年収が100万円ほどしかありませんでした。生活を支援してくれる人はいたものの、生活は当然苦しく、とうとうある日「塾代が払えない。塾をやめる」との申し出をN氏は受けました。

 ところが、成績もよかったので、あれこれ考えたあげく、N氏はその子の家に電話をかけました。電話口に出たお姉さんに「これからの塾代はすべて将来の分割払いでいい。だから塾通いを続けませんか?」と話したら、「今払えないものが将来払える保証なんかないでしょっ!」と言われてしまいました。それでも諦めきれなくて、N氏は「なら、タダでいい!」と言ってしまいました。

 それから、その子は毎晩遅くまで自習室で、泣きながら受験勉強をがんばりました。そして、そして、彼女は見事に第一志望校に合格しました。N氏も一緒に泣きました。国立大学の医学部でした。N氏はその子の人生の扉が開いた感動で胸が一杯になりました。

 これがきっかけになって、N氏が経営する塾では、貧しい家庭の高校生の塾代を安価ないし0円にしています。(ちなみに、中学生には岡山市から塾代の補助が出ます。)

 しかし、塾代をタダにすることが経営者として許されるのか、経営者の自己満足を自社そして社員に押しつけているのではないか、N氏はずっと悩んでいます。

 そんな悩みを抱きながらも、N氏は「岡山市の貧困家庭の高校生の大学進学率を50%超にしたい」という夢も一緒に抱いています。高校生全体の大学進学率は77.0%ですが、たとえば児童養護施設にいる高校生の大学進学率は23.3%しかありません。それを岡山市だけでも2倍超にしようと、夢も悩みも一緒に抱えながら頑張っているN氏を、とってもカッコいいと私は思います。


2017年4月号

 私どもあおば税理士法人は「会計をお客様の経営に役立てたい」という一心で、がんばっています。しかし、逆にお客様から教えられることもあります。

 十数年前のことです。個人事業から法人化のお話をいただいて、田んぼの中の農業倉庫を改装した倉庫兼事務所で初めてA社長さんにお目にかかりました。

 そこで在庫管理の話になりました。商品数が少しだけだったので、私が「月々の変動は少なそうですから、毎月の棚卸(在庫のカウント)は省略していいですね」と申し上げました。

 ところが、A社長さんは間髪入れず「商売(経営)だからやります」と仰いました。「やられたっ」と思いました。

 また、私自身が巡回監査を担当していた頃、確か11月の中旬、訪問してすぐにパソコンを開いて、監査対象である10月を見ると数字が良くて、「好調ですね」と申し上げました。

 ところが、またもA社長さんは間髪を入れず「でも、11月がダメなんですよ」と仰いました。

 A社長さんは売上と仕入を財務会計システム(FX2)に毎日入力されているので、日々の粗利(限界利益)を把握されていた訳です。「自分はデータを打ち込みながら、今月あといくら粗利を上げんといけん、と考えながら商売(経営)をやっています」と話して下さいました。

 このように「経営に役立つ会計」を実践されてきたからこそ、会社設立以来ずっと黒字という並大抵ではないことが成し遂げられた、と私は強く思っています。

 しかも、こういう地道でマジメなことを、ユーモラスに楽しくやる、そんな味がA社長さんにはあります。そういうところも見習いたいと常々感じています。


 昔から会社は「人、金(カネ)、物」と言い、近年はこれに「情報」を付け加えます。「情報」と言うと外部情報を思い浮かべる人が圧倒的に多いのではないでしょうか。国内や国外の政治や経済などなど・・・もちろん外部情報は大切です。中堅中小企業といえども、環境変化の波を受けない企業は一つもありません。

ところが、社内にある内部情報、これも意外に重要なのです。禅で言う「脚下照顧(自分の足元をよくよく見よ)」と同じかと思います。

2017年3月号

 昨年1224日の日本経済新聞に載った英フィナンシャル・タイムズ(FT)のアメリカ版編集長であるジリアン・テット氏の発言に興味を持ちました。

話の本筋はトランプ大統領誕生に関するものでしたが、ソーシャルメディア(SNS)が人々に与える影響のくだりでハッとさせられたのです。

 「SNSは我々を分断し、『知的なたこつぼ化』を生む。SNSの情報は膨大で、全てにアクセスすることはできない。すると人々は自分が見たいものを見られるように設定をカスタマイズする。

 デジタル化の時代、人々が信頼してアドバイスを求めるのは『自分と同じような人』だ。エリートはまだ制度を信頼しているが、大衆はそうではない。レストランを選ぶとき、専門家ではなく友達やSNSの情報を求めるようになった。トランプ氏はこうしたたこつぼ化につけ込み、真実よりも感情に訴えてネット上でつながる人々の支持を得た。」

 トランプ大統領のことはさておき、この発言は私たち自身の日常にも警告を発していないでしょうか。当初は人と人のつながりを促す目的で創られたSNSやスマホが、逆に人と人を分断する側面もあるということです。

 現代社会では、自動車に乗るのはよしとしても、体力を維持するために意識して運動をする必要があります。同じように、SNSやスマホを使うのはよしとしても、意識して人とのコミュニケーションをはかる必要があるのではないでしょうか。(写真は同日の日本経済新聞より抜粋

 

 同じ12月に西宮で、桂文珍の落語を家内と二人で聴きました。ナマの落語鑑賞は十何年か振りでしたが、文珍は高座に座った瞬間、満員の会場の空気をキュッと掴みました。一発で参りました。

 うまくお伝えするのがとても難しいのですが、ボソボソッと語った後に一瞬の間を置いて、文珍が「うふっ」と笑うと会場が大爆笑、そんな感じです。

 テレビなんぞとまったく違う、まるで対話のような落語はとっても心地よかったです。もちろん文珍師匠の技もありますが、結局は人と人が接する良さが底辺にあると思った次第です。

 落語の後に合流した娘との三人の食事でも、会話がいっそう弾みました。